子宝温泉ガイド 子宝神社・寺ガイド

子宝神社・寺ガイド

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近畿エリア
鈴虫寺
鈴虫寺の正式の名称は妙徳山華厳寺といいます。秋だけ鳴く鈴虫が季節に関係なく一年中鳴いているので鈴虫寺と呼ばれています。
江戸中期の享保8年(1723)、鳳潭上人が開基しました。鳳潭上人は12才で上京し比叡山延暦寺にて修業し華厳宗の再興に力を注いだ学僧として知られています。入学・開運・良縁祈願のお守に人気があるのはこのためです。
現在は臨済宗永源寺派の禅寺で、鳳潭上人の坐像や隠元筆の寺号扁額を安置しています。 また、名物和尚による鈴虫説法も魅力的で、肩のこらないお話には、また訪ねてみたいという気持ちを抱かせてくれます。
どんな願い事でも一つだけかなえてくださる幸福地蔵さま山門わきの幸福地蔵さまは、珍しくわらじをはいて居られます。 この世の出来事ならば、どんな願い事でも一つだけ必ず叶えて下さるお地蔵さまで、安産の願いももちろんかなえてもらえます。
住所 京都府京都市西京区松室地家町31
TEL 075-381-3830
鈴虫寺 http://www.suzutera.or.jp/
上徳寺
慶長8年(1603)、徳川家康によって建立。開基は、上徳院殿(のち雲光院殿と号した阿茶局)であり、開山は伝誉蘇生上人(雲光院殿一位尼公の叔父)。建立にあたり、家康は江州矢橋の鞭崎八幡宮の中尊であった安阿弥快慶の作と伝える阿弥陀如来を招来し、本尊としました。上徳寺は、「京のよつぎさん」の通称で親しまれ、各地からの参詣が絶えません。毎月の功徳日には祈祷会が行われ、2月8日の大祭には柴灯護摩供が行われます。
孝明天皇と皇后との間に明治天皇が誕生しましたが、皇后の実家中山家では、この寺にお参りを欠かさなかったといわれています。今も「世継地蔵」前には子宝祈願に訪れた人達の絵馬でいっぱいです。
住所 京都府京都市下京区富小路通五条下ル本塩竈町556
TEL 075-351-4360
梅宮大社
日本最古の醸造祖神子授け、安産の神王朝風情漂う花の神苑。
平安のはじめ、嵯峨天皇の皇后(橘嘉智子)により、山城国井出(現在の綴喜郡井出町)から現在地に移されました。皇后が皇子を授かった「またげ石」により子授けの神として朝廷から厚く信仰される、名神大社。祈祷の上、またぐと子を授かるといわれるこの石の霊験を聞きつけ、多くの参拝客が訪れています。
現社殿は元禄13(1700)年の再建で、明治期に官幣中社となり、昭和28年に宗教法人梅宮大社となりました。奈良時代から知られる子宝・安産・酒造の神様です。
住所 京都府京都市右京区梅津フケノ川町30
TEL 075-861-2730
梅宮大社 http://www.umenomiya.or.jp/
野宮(ののみや)神社
子宝, 縁結び、進学の神として人気が高く、境内の苔と周辺の竹林が美しいことでも広く知られます。芭蕉や蕪村の俳句にも詠まれ、「源氏物語」でも、光源氏が六条御息所を訪ねるくだりで野宮一帯の風景がたんねんに描かれています。じゅうたんを敷きつめたような苔の庭園の豊かさ、美しさは京都随一との呼び名。
嵯峨野を代表するといわれる竹林は、昔から「野宮竹」の名で通ります。樹皮に覆われた黒木の鳥居は日本最古の形式で、小柴垣とともに歴史の重みを感じさせます。
住所 京都府京都市嵯峨野宮町1
TEL 075-871-1972
野宮神社 http://www.nonomiya.com/
わら天神・染殿地蔵
敷地神社。別名「わら天神」。ここの安産のお守りがわらで出来ており、そのお守りにわらの筋があれば男児、筋がなければ女児が生まれるといわれます。
住所 京都府京都市北区衣笠天神森町
TEL 075-461-7676
大報恩寺
おかめ発祥の地で、おかめ像があります。「おかめ」さんは、かつて本堂造営の際に、主柱の寸法を短く切ってしまった棟梁の夫の窮地を救った故事にならって、妻の鑑(かがみ)とされています。ちなみに玄関、座敷、台所と三ヶ所に奉ると、ご利益があります。
住所 京都府京都市上京区今出川七本松上ル
TEL 075-461-5973
安国寺
足利尊氏生誕の地。尊氏は、室町幕府を開いた後、国土安穏の祈願のため、全国66ヶ国及び2島に安国寺を定め「丹波の国 安国寺」を筆頭に置きました。その後、足利家からの手厚い保護を受け、現在まで名刹としての趣を失わず、足利家縁のさらにそれ以前の貴重な宝物の数々を現在に伝えています。
住所 京都府綾部市安国寺町寺ノ段1
TEL 0773-55-1565
野崎観音
野崎参道商店街から山方面に歩いて行くと山の中腹に見えるのが野崎観音です。野崎観音はその歴史は非常に古く、江戸時代から続いています。5月の連休の1日〜10日まで、野崎観音祭りといって野崎参道商店街から野崎観音までの道に多くの屋台が出て賑わいます。
住所 大阪府大東市野崎2-7-1
TEL 072-876-2324
野崎観音 http://www.nozakikannon.or.jp/
陶器大宮陶荒田(とうきおおみやすえあらた)神社
2月7日の大祭に「人形」と書いてあるお餅がいただけます。この日、祈祷して、このお餅を夫婦で焼いて食べると安産・福寿にいいそうです。お札もありますから、一緒にお部屋に収めてください。 また、境内には、生活の神様がいろいろ祭ってありますが、そのひとつに「子授け弁天様」もいらっしゃいます。
住所 大阪府堺市上之1215
TEL 0722-37-0401
帯解(おびとけ)寺
帯解寺 は弘法大師の師である勤繰大徳の開基巖渕千坊の一院で霊松山といいます。今から約千年前、人皇55代文徳天皇の御妃染殿皇后(藤原明子)が永い間お子様が生まれず、大変お悩みの折、祖神春日明神のお告げによって、早速勅使をたてられて帯解子安地蔵菩薩にお祈りされたところ、まもなく御懐妊、月満ちて惟仁親王(のちの清和天皇)を御安産になられました。文徳天皇はお喜びのあまり、天安二年(858年)春、更に伽藍を建立になり寺号を改められ、無事帯が解けた寺、帯解寺と勅命されました。帯解の名称はここから始まりました。
江戸時代には、 徳川三代将軍家光公にお世継ぎがなく、御楽の方が当本尊に御祈願になって、めでたく竹千代丸様(四代将軍家綱公)を御安産されました。その折種々の瑞祥(めでたいしるし)がありましたので家光公は瑞祥記を当寺に下賜になり、仏像仏具等も寄進されています。寛文三年(1663年)にはその家綱公より手水鉢の寄進もありました。
最近では、 昭和34年7月美智子妃殿下御懐妊に際して安産祈願法要を奉り、同年9月30日安産岩田帯、御守、御祈祷札を献納。昭和40年8月、昭和43年10月もにも御安産祈願法要を修し、岩田帯、御守を献納致しまして、時の東宮御所より御礼状を受け取っています。
また平成3年5月には、秋篠宮紀子妃殿下に安産岩田帯、御守、御祈祷札を献納しています。
住所 奈良県奈良市今市町734
TEL 0742-61-3861
帯解寺 http://www.obitokedera.or.jp/
浄願寺
子授け寺として有名です。 皇室からのお参りもある、文徳天皇ゆかりの古寺で、「子宝に恵まれなかった文徳天皇がお参りしたところめでたく世継ぎ(清和天皇)が生まれた」と伝えられています。今でもご本尊の阿弥陀如来(子授け如来)の前で祈願すると子宝に恵まれるという評判で、全国から祈願に来る方がいらっしゃいます。お参りできない方は、手紙やFAXで申し込むと御本尊にお祈りしたあと、祈願したお守り札と祈願用紙を送ってもらえます。(祈願料は2万円)その後、3年間毎日、朝夕の2回住職がお勤めしてもらえます。
住所 奈良県葛城市寺口1170
TEL 0745-69-5601
FAX 0745-69-9058
浄願寺 http://www.jouganji.or.jp/
聖林寺
奈良時代の名作、国宝・十一面観音で有名な聖林寺は藤原家の氏寺、妙楽寺(現、談山神社)の別院として創建された古刹です。
本尊にはある、子安延命地蔵菩薩(元禄時代建造) が女人泰産と子授けの祈願仏として知られています。
エピソードとしては、享保の頃、この寺の僧・文春は女人泰産を願って願をかけ、小さな木造の地蔵菩薩を彫りこれを背にして諸国行脚の旅に出ました。実際当時は子供が出来ないという不幸は深刻であると共に、お産にまつわる悲劇も現代と比較にならない程多かったのです。
托鉢の旅四年七ヶ月の後、帰った文春は浄財を基に石造りの地蔵菩薩を造像させました。これが現在の本尊子安地蔵大石仏です。造像にまつわる伝承に多くの霊験談や民話が重なり今に伝えられ信仰されています。聖林寺の祈祷の概要は真言密教の法則に拠っていますが、律僧達の研鑚から得られたこの寺独自のものが加えられています。
住所 奈良県桜井市下692
TEL 0744-43-0005
聖林寺 http://www.shorinji-temple.jp/
おふさ観音
小房観音は通称おふさ観音「生かせ命の寺」といわれ、大和随一の観音霊場です。
本尊十一面観世音菩薩は、かって京都比叡山北谷の観音院御本尊であったのを、慶安三年四月十七日大和小房の聖地にご遷座されました。
国内はもとより遠くハワイ・ブラジル・カナダからも本尊のご霊徳を信仰するものも多く、祈願に、心身浄化に、人生相談に参拝者で賑わっています。
住所 奈良県橿原市小房町6-22
TEL 0744-22-2212
飛鳥巫(あすかにすま)神社
毎年2月の第1日曜日に行われる「おんだ祭り」は俗にいう御田植 (おたうえ)祭りです。こういった祭りは各地にありますが、飛鳥坐 (あすかいます)神社で行われる「おんだ祭り」は、西日本三代奇祭 といわれ、早春の性神事として有名です。お多福と天狗がユーモラスに夫婦和合のさまを行い、最後にまかれる“福の紙”を持ち帰ると子宝に恵まれます。
住所 奈良県高市郡明日香村大字飛鳥708
TEL 074454-2071
法華寺
光明皇后の発願による総国分尼寺。正式には法華滅罪(めつざい)之寺という。東大寺の総国分寺に対する女人のための根本道場としてひらかれました。
格式高い大和三門跡のひとつであす。
本堂(重文)をはじめ現在の諸堂は豊臣秀頼の母、淀殿の寄進によるもの。本堂中央に厨子入りの秘仏、本尊十一面観音像(国宝)があります。 これは、光明皇后がモデルといわれる美貌の仏さま。目鼻だちのくっきりしたお顔、長い右手、動きのあるポーズ、光背(こうはい)の造形など際立って個性的で仏教彫刻の優作として知られています。
この光明皇后ゆかりと伝わる珍しい犬御守は今も尼さんたちの手作り。疫病災難除け、安産のお守りとして求める人が絶えません。
住所 奈良県奈良市法華寺町882
TEL 0742-33-2261
大本山中山寺
北攝の地に、紫の雲がたなびくといわれる中山寺は、聖徳太子の創建によるわが国最初の観音霊場です。御本尊は十一面観世音菩薩で、中古、日本霊跡三十三所観音巡拝がとなえられると「極楽中心仲山寺」と称されて、中山寺は第一番札所ときまり、のち花山法皇のおんとき巡礼の道順にしたがい、第二十四番札所となり、今日に及んでいます。中山寺は代皇室の崇信もあつく、安産祈願本邦随一の霊場として頼朝をはじめ武家・庶民より信仰され、ことに秀吉は当山に祈願して秀賴をさずかり、秀吉亡きあと秀賴は片桐且元に命じ伽藍を再建しました。これが即ち現在伽藍であります。幕末、明治天皇御平産祈願したことからも人気を呼び、全国か大勢の参詣者でにぎわっています。
住所 兵庫県宝塚市中山寺2-11-1
TEL 0797-87-0024
大本山中山寺 http://www.nakayamadera.or.jp/
伊弉諾神宮
イザナキ、イザナミの二神を祭る大社です。
古事記・日本書紀によると、国生みに始まるすべての神功を果たされたいざなぎの大神が、御子神なる天照大御神に国家統治の大業を委譲され、最初にお生みになられた淡路島の多賀の地に「幽宮」を構えて余生を過ごされたと記されています。
境内地は約1万5千坪。天然記念物の夫婦大楠など照葉樹林に覆われ、四季を彩る草木が繁茂する日本最古のお社です。
住所 兵庫県淡路市多賀740
TEL 0799-80-5001
摩耶山天上寺(まやさんてんじょうじ)
仏母摩耶夫人尊は、女性のあらゆる難病や苦しみを救い、特に安産と子育ての守護仏として全国に知られています。摩耶山天上寺は女人総守護の本山・女人高野・女人の御寺(みてら)とまで謳われて、広く女性の信仰を集め、安産腹帯発祥の霊場(日本で最初に安産腹帯を授けた寺)としても名高いものがあります。
住所 兵庫県神戸市灘区摩耶山町2-12
TEL 078-861-2684
摩耶山天上寺 http://www.mayasan-tenjoji.jp/
久々比(くくひ)神社
コウノトリが大空を舞う豊岡市に鎮座する久々比神社は、但馬国城崎郡二十一座のうちの小社で現在の本殿は永正四年(1507年)に再建されたものであることが知られており室町時代中期の代表的様式を示しています。豊岡市で2005年に開催されたコウノトリ自然放鳥式典には秋篠宮同妃両殿下が臨席され、翌年に親王殿下が誕生されました。コウノトリがデザインされたお守りと絵馬は子授け・安産祈願などご利益があると評判です。また、遠方で参拝が難しい方でも、久々比神社に絵馬を奉納することができます。
住所 兵庫県豊岡市下宮171
TEL 090-1909-3550(宮司携帯)
受付/17:00〜21:00
久々比神社 http://www.happywing.jp/kukuhi.html
備考 宮司が常駐していないため、直接お越しになる方は親族が経営する隣の喫茶店「AVIAN TOT(アビアントット)」をお訪ねください。
粉河寺(こかわでら)
鬼子母神様が祭られ、子宝の神様として信仰されています。
住所 和歌山県紀の川市粉河2787
TEL 0736-73-4830
粉河寺 http://www.kokawadera.org/
歓喜神社
美術館と神社が一緒になっており、美術館には、男神や女神結合像やラマ教尊像、密教仏像など、他では見られない彫像画像を展示。隣接の歓喜神社は夫婦和合や子宝に霊験があるといわれ、男女性器が御神体となっています。 恋愛や結婚・安産・子孫繁栄などにご利益があります。
住所 和歌山県西牟婁郡白浜町坂田1-1
TEL 0739-42-2589(白浜美術館)
備考 美術館と神社が一緒になっています
淡嶋神社
その昔、神功皇后が三韓出兵からお帰りの際、瀬戸の海上で激しい嵐に出会いました。
沈みそうになる船の中で神に祈りを捧げると、お告げがありました。
「船の苫(とま)を海に投げ、その流れのままに船を進めよ。」
その通りに船を進めると、ひとつの島にたどり着く事が出来ました。
その島が、友ヶ島です。その島には、少彦名命と大己貴命が祭られていて、皇后さまは助けてくれたお礼の気持ちを込めて、持ち帰ってきた宝物をお供えになりました。その後、何年か経ち、神功皇后の孫にあたられる仁徳天皇が友ヶ島に狩りに来られ、いきさつをお聞きになりました。そこで、島では何かとご不自由であろうと、お社を対岸の加太に移され、ご社殿をお建てになったのが、加太淡嶋神社の起こりとされています。
ご祭神の少彦名命は、医薬の神様。
特に、女性の病気回復や安産・子授けなどに霊験あらたかといわれています。
住所 和歌山県和歌山市加多
TEL 0734-59-0043
淡嶋神社 http://www.kada.jp/awashima/